松本 祐明
2010年8月12日(木)
祈りのナガサキ

 被爆65年の長崎原爆の日。

KTNではその前日に直木賞作家の重松清さんの「トークライブ」を行った。

 

 これまで社会派のドキュメンタリー番組にも数多く携わっている重松さん。

今回、平和祈念式典を中継するKTNの報道番組への出演をお願いしたところ、

「その前に自分の目でナガサキを見ること」を条件に上げられた。

 そして6月に一度、忙しい執筆活動の中、取材のため長崎まで足を運んでいただいた。

 

 市内に残る被爆遺構などを被爆者の方の案内で巡った重松さんが「ナガサキ」を

どう語るのか、トークライブの進行役だった私も一ファンとして大変興味深かった。

 

 トークライブのテーマは特に設定していなかったが、長崎市の被爆者の平均年齢が

76歳を超える中、「ナガサキをどう伝え、つなぐか」が自然と話の中心に。

 

 私は重松さんと同じ40代。しかも県外出身者。子どもの頃の平和学習と言えば、

みんなで一斉に平和公園や原爆資料館を回った修学旅行くらいのものだ。

 そんな私が「原爆」について触れる時、被爆地の報道機関の一員として仕事をしている

今でも「おこがましい」という感覚がついて離れない。

 

 岡山出身の重松さんも広島とは多少の縁はあったが、「原爆」とはこれまであまり

関わりがなかったそうだ。今回、長崎を訪れる際も「知ったような気にならないこと」を

肝に銘じていたとのこと。

 

 そんな重松さんが「トークライブ」で強調したのは「想像すること」だった。

世の中はインターネット時代。パソコンを開けば、いくらでも知りたい情報を手に入れることが

できる。原爆に関することも被爆地に行かなくても簡単に情報が手に入る。

それこそ「知った気」になろうと思えばいくらでもなれる状況だ。

 

 だからこそ「想像力」が大事だと。65年前の8月9日、その前日までの長崎の人たちの

暮らし・・・そこで「何があったのか」を考え、イメージすること。

 高齢となった被爆者の多くの方々が、本当は話したくない辛い体験を若い世代に

伝えようとしている。その言葉に耳を傾け、その思いを感じること。

 その大切さを重松さんは強く語りかけてくれた。

 

 重松さんの話を聞いて、被爆者の方の生の声が聞ける今だからこそ、

体験をつながなければならない我々世代の「想像力」と「感受性」が

強く問われていると実感した。 

 目の前のことに懸命な毎日・・・それでも時々は「あの日」のことを想像し考えることを

忘れないようにしたい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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