丸山町の芸子衆による本踊に始まり、諏訪町の龍踊が締めくくる・・・
先日、長崎くんち塾の勉強会が、長崎歴史文化博物館であり、1957年(昭和32年)の
長崎くんちを記録した貴重なフィルム(カラー)の上映会がありました。
ある関係者によると、戦後、くんちが最もエネルギッシュだった時代だそうです。
一部は以前、取材で拝見したことがありましたが、全体的にどんな場面が出てくるのだろうと、
楽しみにしていたところ、まず、出し物の豪華さに驚かされました。
丸山町の「本踊・段尻」に樺島町の「コッコデショ」、八幡町の「本踊・山伏道中」と続き、
麹屋町の「本踊・祭人形車」 、万屋町の「鯨の潮吹き」、西浜町の「龍船・本踊」、
銀屋町の「本踊」、そして諏訪町の「龍踊」の8カ町の共演。
くんちファン垂涎の、今は見られない出し物や現在も人気の出し物などが次々と登場、
この時代にテレビの実況があったら、担当アナはきっと大変だったでしょう(笑)
傘鉾も町によっては今も全く変わらないものもあり、その華やかさに伝統の奥深さを感じました。
そして最も印象的だったのは、あふれんばかりの人、人、人...。諏訪神社の踊り馬場の周りには
映像を見ながら、後ろから押されて倒されるのではないかと心配になるほどの大観衆。
お下り、お上りでは大波止や県庁坂などの沿道に何重もの人垣ができ、バスの通行をさえぎって
いるシーンも。原爆の被害を受けて12年、経済復興へようやく明るい兆しが見え始めた頃、
多くの人たちが祭りを心から楽しもうとしていた様子が伝わってきました。
それにしても半世紀前の昭和の町並みはいいものです。木造の建物が立ち並ぶ質素な佇まいが
一層、くんちの絢爛豪華さを引き立てているようでした。
さーそして現代の長崎くんち。最近、いろいろな踊町の人たちから、「くんちが以前ほど
盛り上がらなくなった」という声をよく聞くようになりました。
景気の後退や地方都市の疲弊、娯楽の多様化など、様々な要因が考えられますが、
勉強会では、今年の踊町の見所や意気込みが紹介され、昔と変わらない町の人たちの
くんちにかける思いがひしひしと伝わってきました。
この夏は、福山雅治さんのコンサートで盛り上がった長崎。
秋に長崎を元気づけてくれるのは375年続く地元のビッグイベントに違いありません。