第77回 島原市三好屋新田

毎週火曜は町歩きの達人・山口広助さんと行く「ひろすけじるし長崎遺産」♪数字にまつわるシリーズは年内残りの放送回数をカウントダウンしながらその数字にまつわる場所を巡っています!今回は島原市で「3」を探しました~

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島原市役所から海の方へまっすぐ向かうと見えてくるのは...

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ここはスクイと呼ばれる縄文時代から続く伝統漁法で有名な場所。スクイとは海の中に石で土手を作り、干潮時に土手の内側に残った魚をすくって獲るというもの。すくう→スクイと呼ばれているそうです。有明海の干満の差を利用しているということで、そんなに昔からあったものかと思うと歴史を感じますね...

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さて、島原市の「3」はこの先にあるこの場所!

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三好屋新田です。江戸時代の後期、島原で大飢饉があったとき商人や地主たちが米や金を寄付する中、三好屋・中山要右衛門は全く聞き入れませんでした。しかしその年要右衛門はこの辺りで干拓工事を始め、働いた人々に高い賃金を支払い続けました。「一時の寄付では当座は助かるが、それが無くなればまた苦しい目にあう。工事に出ていれば長い期間助かるからどちらが本当の救い方か」と説いたそう。先まで見通す力、それがまさにこの場所が三好屋新田と呼ばれる理由なのかもしれません。ということで今回はこの場所を長崎遺産に認定!

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次回は南島原市の「2」に行きますよ~!

2022年12月06日更新
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