爆心地で見つかった子供の遺骨 親族かの照会求める男性に「非公表」の回答 消息探しに戸籍の壁が
諫早市の男性が「母のいとこ」ではないか、と名乗り出た長崎原爆の爆心地で見つかった子供の遺骨について、長崎市は12日、「個別情報は非公表」と回答しました。
被爆80年を過ぎての消息探しは難航しています。
諫早市 山下信哉さん
「肝心なことにつきましてはさっぱりでした。1時間、やり取りをしましたけれども、がっかりです」
問題となっているのは、1996年の整備工事で爆心地公園から見つかった4~5歳とみられる子供の遺骨です。
子供については、被爆者の女性が長年、独自に慰霊していて、2025年にその様子を紹介したKTNのニュースを見た諫早市の山下信哉さんが「母のいとこ(従妹)」ではないか、と申し出ました。
山下信哉さん
「年齢が4、5歳ぐらい、という風なお話だったのであれっと」「もしかしたら、大叔母の娘の道子さんじゃないかなと思いました」
毎熊道子ちゃんは、原爆投下当時、現在、爆心地公園がある松山町177番地に、母のミヨさん(推定年齢30歳)と一緒に住んでいたと考えられます。
見つかった遺骨が道子ちゃんではないかと尋ねる山下さんの照会に対し、長崎市は当時、177番地に住んでいた子供は、この遺骨の人物のほか2人いたと明らかにしました。
また、「被災地復元図」で道子ちゃんの家にかかるエリアで遺骨が見つかったことも示しています。
しかし、復元図作成の過程で得られた個別情報は非公表の上、山下さんは法律が規定する「親族」ではないとして、道子ちゃんに関する情報について回答しませんでした。
被爆80年を超えての原爆の消息探しは、いかに「壁が高く、厚いか」を物語っています。
今回、母のいとこ・道子ちゃんの消息を探す山下さん、ぶつかった壁は「戸籍」です。
山下さんの母の母、祖母の妹が毎熊ミヨさん、その娘が道子ちゃんです。
しかし、例えば「戸籍法」では道子ちゃんの戸籍を請求できるのは、3親等以内などと定めていて、山下さんは法的には「親族」と認められません。
もっと早く消息を探せていれば、と山下さんには悔やむ思いもあります。
また、不思議なことに今回の消息探しの中で道子ちゃんの母・ミヨさんが原爆死没者名簿に載っていることが分かりました。
しかし、山下さんの家族はその事実を全く知りませんでした。
一体、誰が、どんな経緯で名簿に載せたのか。
80年経っての消息探しの謎は深まります。
今回、爆心地で原爆の犠牲になったと明らかになった母・ミヨさん。
親族を代表して、山下さんが国立追悼平和祈念館で遺影を登録しました。
山下信哉さん
「墓がないですから、ここがお墓の現時点では代わりかな、こうやって遺影を拝むことができてよかったかなと思う」
原爆投下から2025年で81年、遺族も高齢化する中で消息探しはますます難しくなります。
実は原爆の犠牲になり、引き取り手のない遺骨は長崎市に8962柱あります。
ここには道子ちゃんの遺骨も含まれています。
このうち120柱は名前が分かっています。
被爆者が生きて記憶がある時代に一つでも多くの遺骨を家族に返すにはどうすればいいのか。
ルールにとらわれない踏み込んだ取り組みが求められています。
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