2026年08月12日 17:29
対馬市の岸壁で軽トラックが海中転落 60代男性が死亡
高齢化によって亡き友を悼む慰霊祭も続けることが難しくなっています。
長崎市の県立長崎西高校では被爆当時この場所にあった旧制・瓊浦中学校の同窓生や遺族などが集まり、静かに手を合わせました。
旧制県立瓊浦中学校は現在の県立長崎西高校の前身です。
爆心地から約800mに位置し、原爆で教職員と生徒400人以上が犠牲になりました。
旧友に祈りを捧げようと同窓会が1971年から8月9日に慰霊祭を営んできました。
2000年からは生徒の代表も慰霊祭に参加し、世代を超えた継承にも取り組んできました。
高齢化で同窓会が解散したあとも有志で慰霊祭を続けてきましたが、会の世話人は90歳を超えています。
瓊中翠巒会 世話人 丸田和男さん(94)
「あの日同じ長崎の地にあって、原爆の洗礼を受けながら、死を免れた者。幸運と申すにはその一方で贖われた犠牲のあまりの大きさに生き残りたる者の肩の荷の重さをひしひしと覚えずにはいられません」
8月9日、遺族を含む約30人が参加し、西高に通う高校生と平和を願いながら瓊中の校歌を口ずさみました。
父・三八さんが瓊浦中卒業生 永岡義定さん(73)
「父も生きていれば96歳。そういう人たちが一生懸命この会を面倒見ていただくことに心から感謝。続く限り私はお参りに来たいと思っている」
瓊中翠巒会 世話人 丸田和男さん(94)
「身体が続く限り伝えていかないといけない。(世話人は)もう指折り数えるくらいしかいない。今後(慰霊祭)をどうするかは宿題になっている」
今後については「高校とも話し合って考えていきたい」としています。